革新的な美粒の高圧乳化分散、グラフェン、カーボンナノチューブ、セルロースナノファイバー、挙動は同じです。

ナノカーボン乳化で放射能除去

ナノカーボン乳化で放射能除去

増え続ける福島原発の汚染水、ナノカーボン乳化で放射能除去

増え続ける汚染水の貯蔵タンク、冷却を続けるかぎり、汚染水は出続ける。汚染水からセシウムを除去しなければ、水は外には捨てられない。除去し、規定値以下になれば、原発の外に廃棄できる。ゼオライト、グラフェン、CNT、スメクタイト等、色々なものが、セシウムを吸着することができる。文献にも色々載っている。しかし、それでも、タンクは増え続ける。なぜか、現実的に、出来ないからである。できているのなら、すでに、汚染水タンクは増え続けない。つまり、有効な現実的な方法論がないからである。これもすべて税金で処理されている。

たとえば、ゼオライト、セシウムを除去できる。たぶん、多孔質や層状化合物、チューブ、比表面積が稼げるものなら、大体、吸着はできるようである。水の中にとけている、または浮遊している放射線物質セシウム、それを吸着させるには、吸着させる物質と接しなければ、吸着などできない。俗にいう、濡れていなければ吸着などしない。大きな塊を汚染水にいれても、話にならない。接触する面積が足りないからである。そのためには、結晶性のものなら、解砕しなければならない、黒鉛やスメクタイトのようなものは剥離させなければならない、CNTのようなチューブは、解繊しなければならない。それはセシウム溶液と接する面積を大きくしなければならないからである。吸着量は比表面積と比例するからである。しかし、ここに最大の問題点がある。普通、粉体の周りには空気がある。水の中に混ぜるには、粉体の周りに付着している空気を除去しなければならない。それが濡らすという行為である。細かければ、水の張力がつよく、濡れていかない。そのために、どうしても、分散剤がいる。もし濡れなければどうなるか、セシウムが溶けている水とセシウムを吸着できる物質との間に空気という隙間があくから吸着はできない。隙間があれば、吸着はしないからである。この場合、濡らすためには界面活性剤が必要になる。洗剤である。水の中に浮いている油、それに洗剤を一滴たらせば、油がすっと水になじんでいく。水の張力をさげて濡れやすくしているからである。

吸着させるには、どうしても、分散剤が必要になってくる。今度は、その分散剤が邪魔をする。抵抗になるからである。そして、分散剤が水にとけてしまうから、汚染水が活性剤で二次汚染するからである。活性剤でよごれた水を海に放出することなどできない。環境が汚れるからである。だから、汚染水のセシウムを除去する手段がとれないのである。カーボンナノチューブ、グラフェンでセシウムを除去する。いろんなことが、2013年-14年ぐらいまでに発表された。しかし、いまでも有効な手段はとられていない。汚染水の中に吸着する物質を均一に界面活性剤をつかわずに空気を排除して分散させる技術がなかったからである。比表面積をあげて分散させるには、細かな粒子にしなければならない。細かいほど、水の中に濡らすことは、よほどのことがないと不可能だからである。物質の機能は理解できても、分散技術がなんであるのか、分かっている人がいないのである。分散技術は界面活性剤の技術とほとんどの人が錯覚しているからである。

本題に入る。なぜ、ナノカーボン乳化が、福島原発の汚染水の放射線除去の方法論になるのか、である。最大の利点は、界面活性剤を使わず、黒鉛とCNTとで油の粒子を包むからである。それが乳化である。界面活性剤を使わず、油をナノカーボンで乳化させたのが、世界初だからである。美粒の分散装置は、乱流ではなく、美流をベースにしている。従来とは全く異質な分散方法である。だから、一般黒鉛を剥離できる。カーボンナノチューブを解繊できる。当然に一般の油(例えば大豆油)を微細に細かくすることができる。詳細は省くが、数ミクロンの油の周りを数層のグラフェンでつつみこむ、その周りを解繊されたカーボンナノチューブが吸着して、さらにそれに、乳化でつかわれなかったグラフェン化した黒鉛が吸着している。ナノカーボンで立体構造を構築している。美粒の装置で、物質のまわりにあった空気を排除したから、剥離や解繊や乳化ができる。だから、ナノカーボンの界面は水と均一に接している。完全にぬれていることになる。

乳化物だから、それを汚染水の中にいれても、均一になる。牛乳を水の中にいれても牛乳だからである。薄くなってもその中に牛乳は均一のままだからである。ナノカーボン乳化は真っ黒である。だから、水をくわえても、まっくろのままである。セシウムの比重は1.9、カーボンの比重は2.2、本来は水にしずむ。しかし、比重のかるい油をつつんでいるから、水の中に浮遊している。汚染水の中でセシウムが吸着するには、吸着するものが、均一に汚染水の中にあること、そして、水と吸着する界面に邪魔なものがいないこと、空気や分散剤がないこと、それに吸着するものの比表面積が膨大であることである。ナノカーボン乳化はその条件を満たしている。そして、黒鉛を剥離してのグラフェン化、CNTの解繊化、どれだけ比表面積が増大していることか。それだけ、吸着量は増大する。

さらにいいのは、吸着したナノカーボンとセシウムが除去された水との分離である。ここまでいくと、分離、ろ過は、ローテクの技術だから、そう難しくはない。ナノカーボンの利点は、色が黒だからである。分離した水が透明であれば、ナノカーボン乳化と分離したことになる。その水のセシウム濃度をはかればいい。基準値以下なら、そのまま、外に排出すればいいだけである。ナノカーボン乳化には、環境を破壊するものは一切はいっていない。水に溶出する危険物がないからである。汚染水の入っているセシウムの量は大したものではない。ナノカーボンを除去しても、体積の99%は水である。セシウムが吸着した後のナノカーボンはどこかに保管しても、大した体積にはならない。いまのままでいったら、福島県全体が汚染タンクにみたされるだろう。どこかで止めないと大変なことになる。

もし、可能性があるなら、原発の汚染水タンクで実施するしかない。ナノカーボン乳化の量、それが比表面積に関係する。油の種類にも影響する。それが所謂、スケールアップ、量産技術という点である。汚染水の状況で実際のデータをとることしかできない。しかし、一度プロセスがきまれば、後はルーチンだけである。この手法は原発で何かあった時の緊急避難措置として使えることになる。

なぜ、こんな事をブログで書いたのか、多くの人に知ってもらいたかったからである。こんなことは、原発の当事者も、原子力関係者も、経産省エネルギー庁もしらない。ナノカーボン乳化という存在をしらないし、それがこの汚染水の除去のネックなるところをクリアーできる可能性があることを知らないからである。知らなければ動かない。動かなければ、税金をつかって、増え続ける汚染水をただタンクをつかって、ため続ける事しかできない。

このナノカーボン乳化で使うのは、一般黒鉛と最安値のマルチのCNTと油と水である。スメクタイトもいれてもいい。製造コストもそれほど高くはない、乱さなければ、エネルギーコストは安くつく。トライする価値はあるはずである。これ以上、子孫に意味のない負債をのこすのはよくない。人間の傲慢さとエゴとで原発事故は起きた。想定外の事がおきたで済まされない。乱れた原発の制御をナノカーボン乳化、それをつくる美流で修復する。これもひとつのロジックである。なんでこんなナノカーボン乳化をつくったのかわからなかった。その用途がだんだんと見えてきている。これも、神様の贈り物だと思っている。乱れを修復する。これも一つの神の因果なのかもしれない。乱流を沈めるのは美流だと思っている。

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