革新的な美粒の高圧乳化分散、グラフェン、カーボンナノチューブ、セルロースナノファイバー、挙動は同じです。

おやじという曲をつくりました。

おやじという曲をつくりました。

創造性開発に関して、音楽の関連性をしばしば言及する。しかし、言葉だけでは、説得力が乏しい。この音楽ビデオ、すべて、私がひとりで作り上げたものである。まず、歌詞をつくる。コードをつけて、音楽作成ソフトで曲をつくる。そして、ドラムビートにのせて、ギターをひく。それを録音する。それにあわせて、歌をいれる。ビデオをとる。それを動画作成ソフトにいれて、編集し、歌詞をつける。それを動画にし、YOUTUBEに乗せる。これを、美粒のブログとこの美粒のHPにUPする。実は、この工程は、ほぼ、美粒モジュール開発と類似している。それを実証するために、ここに臆することなく貼り付けた。

もちろん、その真意は、これを読んでくれる年配の技術者や研究者や企業関係者の方々に、それぞれの亡き父親を忍んでもらいたいからである。

2018年3月31日の秋山なおの美粒ブログにUPしたものを下記に記す。これが、私の実感でもある。

年をとっていくと、若い時には感じなかった人生の重みを感じるようになる。このまま、過ぎていっていいのだろうか、そんな思いを抱くものである。そんなとき、ふと、亡き父を思い出すものである。あの時、わからなかった父の思いがぐっと、胸に押し上げるものである。年をとればとるほど、人生は迷いの連続、人生のたそがれを見れば見るほど、人生の切なさが身に染みてくる。ふと、思う。父に会いたい。この世で、もう一度会いたい、だれでもが思う感情である。父の姿は遺影の中でしかない。供養の中で、捧げたい詩である。

おやじ

年をとり、人生の黄昏を知る。
つらい事、哀しい事、
人生にはいろいろある。
何もいわず、家族のために、
生きていた、
そんな父の背中が恋しくて
おやじ、この世で、もう一度会いたい。
おやじ、もう一度、会いたいよ。

時が過ぎ、人生の責任を知る。
もどれない、一度きりの
旅路をただがんばるだけ。
いつの間にか、家族のために、
生きている
過去の父の気持ちがしのばれる
おやじ、この世で、もう一度会いたい。
おやじ、もう一度、会いたいよ。

若い時、人生のつまずきに会う。
嫌なこと、泣きたい事、
それでもめげずに生き抜く。
辛い時に、何も言わずに、
そばにいた、
そんな父の強さがうれしくて
おやじ、この世で、もう一度会いたい。
おやじ、もう一度、会いたいよ。

時が来て、人生のその次を見る。
父も見た 同じ道を
私もコトコトいくだけ。
幸せにと、みんなのために
働いた、
そんな同じ思いを抱いてる。
おやじ、この世で、もう一度会いたい。
おやじ、もう一度、会いたいよ。会いたいよ。

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